私のアトリエの棚には1936年製の古いカメラが置いてある。これはライカ社の製造したDⅢというモデルで、135フィルムカメラのフォーカルプレーン式シャッターに、はじめてスロースピード機構を搭載したものだ。これによりライカは高速シャッターと低速シャッターと距離計が一体となり、完成されたカメラとなった。
私にとっては世界には2種類のカメラしかない。それはライカとそれ以外のカメラである。それはオスカーバルナックが映画用のフィルムを初めてカメラに採用するなど、カメラの歴史を牽引したのも理由としてあげられるが、それ以外の要素も多い。私は写真撮影に興味があった学生の際に様々なカメラを所有したが、アルバイトをして高価なライカを複数台購入した。ライカは手にすると、その硬派なイメージからは程遠い、滑らかな手触りと操作感を感じる。それら機械のもつメカニックな性質とは正反対の女性的な性質は、撮影の際に何物にも変えられない心地よさを与えてくれる。所有していたライカの中でも1番のお気に入りは、最も古くて使い勝手の悪いこのライカDⅢであった。このプリミティブな操作感は、慣れてくると撮影に向かう心を整えてくれる。M型ライカとは異なる薄暗く周辺が曖昧なファインダーからは、視界を切り取るという撮影行為に対して、ある種の自由を与えてくれた。現在使用されているパトローネ入りフィルムがまだ開発されていない時代なので、専用マガジンを使用しないとフィルムの左右の穴が写真に重なる"アンダー・パーフォレーション現象”がでることがあるが、それもRobert Frank「The Americans」を思い出し、少し楽しくなったりした。
このカメラを通して、高性能なものと、快適な使い勝手とは異なることを学んだ。道具というものは性能や便利さを優先しがちだが、使用して心地よいものが私にとっては最適であることを知った。私は物に執着しないが、このカメラはいつまでも所有しておきたいと考えている。
![](https://static.wixstatic.com/media/d30e5c_6bca8f09147144948f3d1ca87bc413be~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_1743,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_auto/d30e5c_6bca8f09147144948f3d1ca87bc413be~mv2.jpg)